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060224
1月末から、テスト期間を挟んでやっていた卒業設計の手伝いが昨日終わった。
一言に訳するとすれば「怒濤」がふさわしかろう卒業設計。
夏休み明けの10月、前期課題の図面を壁から剥がしていると4年生のHさん(卒業設計をする人)から卒業設計のヘルパーをやってくれませんか声をかけられた。そのときはHさんの人となりを全く知らなかったので即答はしなかったけど、何度も訪ねられたり製図にコメントをもらったりしているうちに、ヘルパーをやることになった。そのほかのヘルパーは同級生のAくんと、3年生の2人の併せて4人。4年生の卒制を2年生と3年生で手伝うのだから、ヘルパーは2人になるのが普通であって、4人という人数は多いほうだった。
2年の課題が1月末に終わってすぐ、製図室を4年生に引き渡した。製図室は普段2,3年の100人あまりが使っているが、卒制の時はその半分の人数だけが入るのでとても広く感じる。ものが全然ない、茫漠とした製図室。この景色はいずれ記憶の彼方に消えることになるのだけれども。
2月4日、Hさんとヘルパーで敷地を見学しにいった。敷地は横浜のランドマークタワーのふもとで、今は中古車販売場。

この敷地は高速道路に面していて、そのすぐ向こうには貨物車の線路、高架の線路、国道16号線、細長いビルの列を挟んで国道1号線、その向こうには山のような斜面に広がる住宅街という構成だ。

後に敷地模型を作るので、その参考にしてほしいとのこと。細かい住宅地と巨大な開発地区が存在するこの土地の大変さを、このときはよくわかっていなかった。
2月7日から敷地模型づくり。建物のヴォリュームをスタイロフォーム(発泡スチロールみたいなもの)を切り出して作る。

左は代表作のランドマークタワー高層棟。図面と写真から形を考えて、スタイロカッターでひたすら切り出す。スタイロカッターはそのままでは直角にしか切れないので、微妙な角度は自分で治具を作って切り出す。開発地区は巨大で妙な形をした建物ばかりで、ヴォリュームを作るのも大変だ。1日1〜3棟のペースで切り出していく。細かい住宅もそれはそれは大変な数で大変。地図からトレースした図面をもとに、サイコロより小さいサイズを何百個と切り出す。連日連夜スタイロの切り出しばかりやっていたせいで、スタイロの切り出しをする夢を見たほどだ。
ヴォリュームの切り出しは締め切り1週間前の2月16日ぐらいまで続いた。その後は敷地にヴォリュームを貼ったり、本模型のためのスタディー模型を作る。

締め切り1週間前のこの時点で、図面は白紙に近い状態だった。ヘルパーの僕らには軽く戦慄が走っていたのだが、スタディー模型づくりは続いていく。
そんな折り、たしか締め切り6日前こんな図面が壁に貼られた。それも大量に。

断面図とのこと。
それから本模型づくりに入る。うねるスラブをたくさん、それはそれはたくさん、逃げ出したくなるほどたくさん作ることになる。
図面とスチレンペーパーで治具と梁のセットを作って、

バルサシートを貼り込む。乾いたらひっくり返してまた貼り込む。
ひたすら。これをひたすら。
4人で一昼夜かけて作業したところ、スラブ1/4枚できることは判明した。これは事件だ。
つまり、スラブは4枚あって、残り時間は6日間しか無いということだ。
4[枚]÷1/4[枚/日]=16日 < 6日
弱った頭でも、このぐらいの算数はできた。つまり間に合わないということを悟ることができたんだ。
「…大変だ、間に合いませんよHさん!」
「どうしよう…、そう、断面模型ということにして建物の半分だけ作ればできない?」
「それは…なんとかなる気がします!いや、うーん、どうでしょう。」
(4[枚]÷1/4[枚/日]÷2=8日 < 6日 …なんとかならない)
「あでも本模型に土台つけなければいいんだ、いや、良い訳ないじゃん!」
(一同爆笑)
笑える状況では無いけど、笑うしかなかった。そのころ睡眠時間は5時間とか4時間とかそんなもので、それを締め切りまで続けていけるのか、考えるだけでも恐怖だった。
とてもやばいということが分かり、それぞれヘルパーはその友達を呼びだした。ヘルパーのヘルパーだ。Hさんと4人の常駐ヘルパーの他に、Hさんの同級生2人(Hさんは留学で1年下がっているので同級生が手伝える)、Iさんの友達とその友達(もはやIさんの知り合いではない)、Uさんの後輩(後にバイト先から豚カツを持ってきて、にわかに祭りが巻き起こることとなる)と友達(社会工学科の同級生)、ボクの友達2人(JIZI広報局の人と局長)。うちのブースは一時、最高で11人になったらしい。
このころになるとブースに入るものと人の容量を超え出す。

もはやものに埋もれながら生活している。ものを置く場所がなくなると、ついたてに吊り構造の棚を架けたり、天井の配管から模型の土台を吊ったりもしていた。
圧迫されるのは場所だけではなくて、睡眠時間も同じだった。最後の1週間、ボクは製図室に4泊。平均睡眠時間は3時間。それはそれはつらい。

おのずと戦略的に睡眠するようになってくる。15分寝たから2時間動ける、とか、寝るタイミング逃したから一睡もできなかった、とか。人間として危機だし、そもそも動物としてもピンチだった。
そんな過酷な生活を支えたのは、ご飯を食べる喜び。製図室に炊飯器を持ち込み、近所のスーパーで総菜を買って食べる。もう喜びなんて食事しかなかったのではないか。
そんなさなか、Uさんの後輩のアッキーがすばらしいものを持ってきた。

豚カツ!エビフライ!牡蠣フライ!
この笑顔を見れば何も言うまい。社会学的に見ても心理学的に見ても、これは立派な祭りだった。Hさんは豚カツの接写をしだすし、近隣のブースからは羨望の声が漏れる。こんな幸せを持ってきてくれたアッキーは、ノーベル平和賞を授与されるべきだと思う。本当にありがとうございました。
そんな喜びもつかの間、眠気と戦いながらの作業が続く。

19日の睡眠時間:3時間
寝るのと食事以外の時間はすべて作業。スチペと図面を切って治具を作って、バルサを切って貼って、裏返して、バルサを切って貼って…
20日の睡眠時間:3時間半
次の治具をスチペと図面から作って、バルサを切って貼って、裏返して、バルサを切って貼って、次の治具を作って、バルサを…
21日の睡眠時間:3時間半
ある人は風邪を引き、ある人は口内炎ができ、みんなテンションがおかしくなり…

それでも模型は着々とできていった。
22日の睡眠時間:0時間
最後に敷地模型を仕上げているとき、しゃがんだまま意識を失って前や後ろに転がって敷地模型につっこみそうな時もあった。
そんな非人間的、いや非動物的に作業をしていった、その結果、
本模型がすべてできあがった。当初は16日間かかると思っていた作業を6日間で終わらせたのだ。ちょっと、いまだに信じられない。

図面もなんとか間に合い、無事提出。
Hさん、提出後はこんなんなってました。

Hさんに限らず、ぼくら4人のヘルパーもこんなんなってました。
23日の睡眠時間:17時間半
この卒制は、建築学科1位、そして全国1位を狙っています。
060214
建築とパフェと弓道について。
建築の流れにおいて構造をそのまま現しにする構造主義が流行ったのはずいぶん昔のことであって、構造と表層が全く乖離してもかまわないとの考えは今日十分に市民権を得ている。構造即意匠の否定、「実際にどうであるかよりも、どう見えるかが重要」(藤岡保洋)ということだ。しかしながら21世紀の今になっても丹下健三の代々木体育館が見せる構造美に酔う人が数知れないことは、構造即意匠の説得力が甚大であることを証明している。
要するに、構造を現しにすることの善悪の判断は付けがたいということである。
翻って、この間部活で話したことを思い出す。何年か前にカップが透明なカップヌードルが発売された。テレビで見たその食品は、いいようのないグロさを発していたと記憶している。今になって調べてみたらやっぱりグロかった。グロさの原因はこういうことだと考える。すなわち普段はカップの上から見る表層だけが目に入るのに対して、スケルトンカップヌードルは側面からもヌードルの様子、つまり構造が観察できるためであろうと。
飲み物を除き、器に入った食品はふつう上からしか見ない。ご飯、みそ汁、サラダ、カレー、牛丼…どれをとっても側面から見えるものでは無い。もともと世界にはガラスの器なんて無くて、食べ物の多くは重力に抗しきれず器の中に収まっていくのであるから、食べ物を側面から見る機会に乏しいのは当たり前だ。この間製図室でタッパーを使って卵スープを作ったが、それはそれはスケルトンカップヌードルに似てグロかった。その姿形を喩えるなら…いや、やっぱりやめとこう。
食べ物は重力に抗しきれず変形したその形が固さや食感などの物的情報を持っているがゆえ、重力がなすままに透明な器にへばりついた食べ物は不自然な形状として見られるのだろう。
ただし例外的に側面から見られる食べ物もある。パフェである。
パフェは細長いガラスの器の内側にへばりつき、そして器の上端からはみ出している。その様相はまさにスカイスクレーパーだ。先ほど姿態を否定された側面可視食物であるが、このパフェにおいてはむしろエキサイティングでありシズルに満ちた様相を呈している。
ガラスの器から見えるのはパフェを構成するコーンフレーク、チョコ、クリームの積層であり、これはまさにパフェの構造である。天を穿つがごとくそそり立つポッキーの類は重力への抵抗を正面から現しており、構造を示唆する形態となっている。
パフェは構造を現しにすることで、今までの食べ物にない意匠を手に入れたのである。パフェは構造即意匠の食べ物なのである。考えても見ればそもそもデザートの類は多分に建築的だ。ミルクレープやロールケーキは構造が現しになっている例だし、クリームやスプレーによるデコレーションや砂糖細工などは装飾そのものであはないか。
ここにきて弓道における構造の話をレントゲンの例を交えて書こうと思っていたが、パフェに熱情を注ぎすぎてしまったようで疲れてしまった。
きっとつづく。
060208
ぐあぁ、何てこったい。葎とスカイハウスが同じ斜面に建っていたなんて!距離にして50m!
5年間も葎に足を向けていながら全く知らなかった。名建築がこんなに身近にあったなんて。

(くどいようですが、葎は高校弓道部の練習場です。参照:葎改修記
葎道場)
スカイハウスはメタボリストと称した20世紀の建築家菊竹清訓(万博のプロデューサーをやってたりもしてた)の自邸で、4枚の壁柱で軽々と正方形の住宅を持ち上げている。この住宅はdocomomo100にも選定されるモダニズム建築の代表であり…とにかく高校時代に名建築から距離にして50mの至近距離で弓を引いていたということが驚きだ。かつて葎のフェンスを乗り越え住宅の敷地を(不法侵入して)通り抜けて下の音羽通りまで行ったこともあったが、そのときには必ず見ていたはずである。それでも全く持って記憶に残らないのは、スカイハウスが竣工当初の姿から増築を重ねてふつうの家っぽくなってしまっていたせいか、もしくはボクに審美眼が無かったかのいずれかだろう。まぁ、9割以上は後者だ。

前者の1割があると弁明したく、先日改めて見てきたときの写真を載せよう。
言われてみれば4枚の壁柱で家が宙に浮いているのだが、坂の上から見たら浮いた高さは2m程度で、しかもフェンスや車があるので浮いているように見えない。坂の下から見ようとしても、高い垣根でよく見えない。有名になりすぎたためにプライバシーが脅かされたのだろう。

竣工当初はこんな姿をしていた。これは坂の下から見上げた写真。見るからに浮遊している。坂の下の眺めもすばらしいだろう。
現在は増築が重ねられ、浮遊感は無くなってしまった(この増築はムーブネットと菊竹が呼ぶ仕掛けで、生活形態の変化にあわせて、浮いた居住スペースの下に吊り下げられるものである)。また見晴らしの良かった坂の下には高いマンションが建てられ(前写真参照)、構造で無理をしてまで壁柱で浮かせた意味を失ってしまった。非常に残念。

これは居住スペースの平面図と内観。中央のワンルームの周りにぐるりと回廊が巡っている。正方形平面の辺を支える壁柱のおかげで、角がすぽーんと抜けている。屋根の重量を忘れさせる見事な仕掛けだ。
いや、見事な仕掛けだったのだろう。
建築雑誌や展覧会で見られるすばらしい建築の写真は綺麗な空間を私たちに見せる。でもそれは竣工当初の一瞬の姿しか現さない。それでいいのか。篠原一男はそれでいいと述べた。でも本当にそれで良いのか。生活が定着して、使い古されてこそ住居は住居たり得ると考えていたが、一方では建築界あるいは世界に影響をもたらすための言説を乗せた作品であるとする考えもある。どちらに行くべきか、ボクは考えるべき岐路に立たされている。
060205
豊田の車庫で電車を降りました。寝過ごしの新記録です。
車内よりずっと低い地面に慎重に降り立ち、駅員さんにあけてもらったフェンスから道に出る。念のために家までの電車の検索をしてみると、4:28の始発を待たなければいけないことが判明した。ちなみにこの時深夜1時。この3時間半をどうしてくれようか。
選択肢はいくつかあった。タクシーに乗るか、と思ったが豊田が杉並区からどれぐらい遠いかよく知らない、いや、すごく遠いんだろうということは勘付いていただけにタクシーには乗れない。1万円ぐらいのタクシー代は決して不可能な額ではないが、3時間半の寒さをしのぐ対価としてふさわしいのかどうか。
そうなると駅員さんに言われた漫画喫茶で始発までを過ごすという案が現実味を持ってくる。漫画喫茶には1回も入ったことないが、かまわん、この際入ってしまおう!と思えど、駅前に漫画喫茶は無い。漫画喫茶はおろかそれらしき深夜営業の店が見あたらない。(後でわかったことだけど、コンビニやマックはあったみたいだった。調べが浅かったのだが、調べられるほどの気力体力が無かったことも事実。)
さあ3時間半を適当な隅っこで過ごすかと決心したのが1時半。残り3時間。
証明写真のブースに座ってみる。寒いし明るすぎるので寝られない。トイレの個室に収まってみる。寒い汚い。とりあえず改札前の隅っこに座ってみる。寒い寒い寒い寒い!寒い!!(最低気温:0℃)
ボクは本当の寒さを知ったんだ。
そしてシェルターとしての家の必要性を、身をもって知ったんだ。
数日前に大阪市のホームレスのバラック一斉撤去の映像がニュースで流れていた。テレビの前の一般ピープルは、ブラウン管の向こうの所得レベルの低い人たちが暴れるのをみて、蔑み、また安心しているんだろう。
しかし生命の危機を感じるほどの寒さを、一般ピープルは理解していたのだろうか。シェルターがないことの悲しさを理解していたのだろうか。
公権力が感情をあらわにして怒るホームレスを鎮圧し強制撤去を粛々と進める様を見て、本当の寒さを知らない一般人にとって、彼らの怒りは滑稽に写るのだろう。まことに遺憾なことだ。
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